公訴時効について
取調べの可視化とともに法務省政策会議で大きなテーマとなっているのが、公訴時効の見直しについてです。民主党では、今国会に改正案(刑事訴訟法の一部を改正する案)を提出し、速やかな成立をめざしています。そこで、現在議論されている公訴時効の見直しについて説明したいと思います。
公訴時効とは、犯罪行為が終わったときから一定期間起訴されないと、もはや罪に問われないという制度です。皆さんもテレビドラマで時効完成寸前にベテラン刑事が執念で犯人を見つけ逮捕するシーンを一度は見たことがあると思います。でも、罪を犯しながら、時間が経つとなぜ起訴されなくなるのでしょうか?言い方を変えるとなぜこのような制度があるのかということです。
公訴時効の存在理由
これまで時効制度については、①時の経過により証拠が散逸し、真実を発見することが困難になるという理由と、②時の経過により犯罪の社会的影響が弱くなり、応報、改善等の刑罰の必要が減少ないし消滅するという理由から説明がなされてきました。しかし、DNA鑑定等の科学捜査の導入により昔の事件であっても証拠を集めることが可能になり、①の理由はやや説得力を欠いてきています。また、犯罪被害者側の立場からすると、いくら時間が経っても悲しみや心の傷は癒えることがなく、かえって増すことさえありうるでしょう。②の理由も必ずしも説得力を持つとは言えません。
法務省の行った世論調査では、殺人など最も重い犯罪の公訴時効期間について過半数が短いと答えており、そのうちの約8割の人が、時間の経過によって犯人が処罰されなくなるのはおかしいという理由をあげています。逃げ得に対して強い疑問を国民は持っていると言えましょう。国民の法感情と現行の法制度にズレが生じているのです。
公訴時効の見直しに関する要綱案
そこで法務大臣の諮問機関である法制審議会刑事法部会では概ね以下のような要綱案をまとめました。①人を死亡させた罪のうち法定刑に死刑がある場合には公訴時効の対象としない、②人を死亡させた罪のうち法定刑に死刑のない場合には時効期間を延長する、③改正法の施行前に犯した罪でも時効が完成していないものには新法を適用する、というものです。
この要綱案に対しては、法定刑に死刑が定められているか否かで公訴時効の対象になるかどうかが決まるのはおかしいのではないか、人を死亡させた罪だけを対象とすると、殺人未遂で重篤な後遺症を負った場合に対応できないのではないかなどの疑問の声があるのも事実です。たとえば、強姦致死罪の法定刑には死刑がないので30年(要綱案)で時効が完成するのに、強盗致死罪は法定刑に死刑があるので時効にかからないというのは何とも割り切れないような気もします。
さらに、法改正前の犯罪についても新法を適用することについては、憲法39条の不遡及原則との関係で疑問があるという意見もあります。憲法では「何人も、実行の時に適法であった行為又はすでに無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。」と定めがあります。これは、事件発生時には犯罪でなかった行為が、時の為政者により後から犯罪とされることを防ぐ趣旨のものです。法改正前の犯罪の時効を廃止した場合、憲法39条の定めに触れるのではないかとの議論です。
要綱案に対する修正案
法制審議会刑事法部会では、この要綱案に対し、修正案なるものを提出してきました。それが、「検察官の請求により裁判官が時効中断効を認める案」です。この案は、被害者の申し出、犯罪の罪質や犯情を考慮して検察官が必要に応じて時効を中断するというものです。一定の事件についてのみ時効を中断させることで、捜査資源の配分に配慮ができる点がメリットとされています。しかし、この修正案では、時効完成後に犯人が犯行を告白したケースでは、時効の中断のしようがないという欠点があります。東京都の足立区で起こった女性教諭殺人事件では、まさに時効完成後に犯人が自白しているので、修正案では時効の中断ができないことになります。また、時効を中断するかどうかが検察官の裁量に任され不公平が生じるとの批判もあります。
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