法務委員会で議論されている取調べの可視化について説明します。この問題は、委員会だけでなく民主党の議員連盟も立ち上がって本国会中の成立に向けて積極的に活動しているところです。
取調べの可視化とは何か?
読んで字のごとく取調べの様子を見えるようにすることです。つまり、取調べ中のやりとりをビデオ録画し、警察官や検察官などの捜査官がどのようにして供述を得たかを後で検証できるようにすることです。
検察では取調べの一部を録音・録画し、可視化を実現していますが、これではかえって検察に都合のいいように利用されてしまうとの理由で、ほとんどの弁護士さんが反対しています。そこで現在議論されているのが、取調べのはじめから終りまですべてビデオに収めておこうという全面的可視化です。
取調べの可視化はなぜ必要か?
犯罪の嫌疑を受けて捜査の対象となっている被疑者は嫌疑が高まると逮捕・拘留され、捜査機関である警察、検察の取調べを受けることになります。この取調べは警察署や検察庁の密室の中で行われ、どのようなやり方で行われているかは外からは容易に知ることができません。しかし、取調べで被疑者が捜査官に話した内容を記した供述録取書(自白調書とも呼ばれる)は、裁判の際に重要な証拠になる場合も多く、極めて重要です。自白調書が決め手となって有罪となる例も少なくないからです。
取調べの中で厳しい追及を受け、なかば強要されるようにして、つい犯してもいない罪を認めてしまった。自白調書の内容が、自分の供述と違う。後に法廷でこのように主張しても信用してもらえず、結局有罪となってしまったーーー。冤罪の典型パターンです。無実であるのに犯罪者とされてしまう冤罪事件の多くは、このような密室での取調べが原因になっています。
そこで取調べの一部始終すべてを録音・録画しておけば、自白が強要されたものかどうか、調書の内容が正確かどうかといった争いは無くなり、冤罪をかなり減らすことが可能になると考えられています。
殺人事件を例に取ってみましょう。無実の者が、犯してもいない罪を自分がやったなんて言うわけがないと、多くの皆さんは思われるのではないでしょうか。しかし、普通の市民が警察に逮捕され、犯罪者として捜査機関の追及を受けるというだけで平常心は失われます。そのような動揺した心理の中で、次々に質問攻めにあい、繰り返し質問を受け、自分を信じてくれている家族や友人・知人との連絡も遮断されたならば、諦めの気持ちが芽生えても不思議ではありません。冤罪事件の当事者が後に無罪を勝ち取った際のインタビューで口にするのは、もう何を言っても捜査官に信じてもらえないという自暴自棄の気持ちになってしまったーーーということです。
また、犯罪者といえども人に対して刑を科す以上は、適正な手続きにしたがう必要があります。そのことは憲法にも定められており、近代国家において適正手続きは刑を科す大前提になります。それならば、適正な取調べにより自白がなされたか否かに争いが生じないよう全面的可視化を導入することは、適正手続きを裏付ける極めて有効な方法であると言えます。
手続き論での争いを無くすことが裁判員制度を充実させる
昨年から市民が裁判に参加する裁判員制度がスタートしました。一般市民が裁判官とともに審理に加わり被告人を裁く同制度は、開かれた司法をめざした司法制度改革の目玉として導入さされました。法律の素人である裁判員の参加した法廷では、争点を明確にした審理が求められます。細かな法技術や手続き論の争いに終始していては、裁判員制度を導入した意味がなくなってしまうからです。ところが、これまでのように被告人の弁護人から自白は捜査官の強制によりなされた違法なものだと争われたならば、自白調書の真実性に審理が終始してしまうおそれがあります。このような不毛な争いを避けるためにも取調べの可視化は有効な方法だと考えられています。
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